他学会とどう違う

この学会は他の心理系学会と違うはず!

新しいもの、重みのあるものをここに出します。

記事の一覧は<語りぐさ>の下位項目に。

||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

20期運営委員会事務局長退任にあたって

戸田 游晏

 本学会運営委員会の内側に入りこみ、そのhabitusの有りようになまなましく出会ったとき、深い幻滅を伴う衝撃を受けた。
 それは、旧くからの多選役員の概ねの考え方や行動様式が、わたくしの発想の地脈とは異なる基盤に根を下ろしている、と気づいたときであった。
 第一の「驚き」は、運営委員会多選委員の、対会員、対社会の考え方が、わたくしとはほぼ対極にあったことである。これがまず露わとなったのは、第48回大会東京会場企画事案での参加費用額設定においてであった。
 わたくしは、非会員を無料とすることを提案した。その根拠としてわたくしは、以下を疑うことがなかったからだ。すなわち、会員の拠出する貴重な会費は、本学会が社会に対し意見を発信し、啓発活動を支援し、会員の学術研究成果を広く公開する用途で使うべく託されている、と。ところが、「会員であることの特典」がなければならないとの多数見解によりわたくしの意見は却下された。
 これが、本学会の理念(とわたくしが思い込んでいたこと)と本態とのズレの認識、いやそれのみでなく、現行運営委員会が維持する通念への疑義を抱いた最初の体験であった。その後もさまざまに不条理な出来事が、事務局長の会務の中では頻出した。それらは、幾人かの運営委員を一個人の見地から批判する形とならざるを得ないので、いまとなっては逐一語るべくもない。
  しかし、昨年末の一事例は、これらの幻滅感をよりいっそう再認せざるを得なかった。それは、わたくし個人の問題ではなかったからである。

 昨年の晩秋わたくしは教え子に当たる一人の女性から、向精神薬薬害と進学先医療教育機関からの不当と見なしうるその人への処遇とが絡み合った難しい相談を受けた。その問題には某地方都市の医師会も絡み、わたくし個人ではいかんとも対処できなかった。ましてや、精神的にも経済的にも切迫した状況にある当人に対して、カウンセラーの本領である対症療法として一時しのぎのなだめにしかならない「セラピー」でうやむやにごまかせるような問題ではない。
 そこでわたくしは、運営委員会に、当人が通う医療教育機関の経営主体である某市医師会への調査依頼と意見申し入れができないものかと願い出た。しかし、これを真摯に現実的に受け止めていただいたのは、一部の委員に過ぎなかった。暦年の役員から唯一人、支援の方向を探る意見を出してくださった委員でさえ、まずは、「当人が会員であるかどうか」を問われた。
 わたくしの本学会へのかつての認識としての(今や今後に期待するしかない)責務は、個人で解決するには大きすぎる問題を抱える精神保健福祉ユーザーへの組織的支援を行うことである。社会的弱者の立場を常に共有し支援する機能を喪ってしまっては、ましてや会員同士で利益を守り利便を図り合うという内向きの姿勢では、社会に於ける本学会の存在意義は、危うくなるのではないだろうか。
 その後、わたくしでできることを行おうと、個人的つながりを通しての支援を試みた。しかし、本人は当教育機関の姿勢への影響力が見込まれる組織からの意見申し入れを望んでいた。「自分はもう退学し他分野の専門職を目指すが、後輩のためにぜひお願いしたい」との思いからであった。その後、本人はわたくしへの連絡も閉ざした。その人が現在どのような境涯にあるのかは解らない。
 高らかな理想を掲げる、本学会の運営委員会事務局長という立場に自らがありながら、若い教え子一人の支援さえできなかった。本人は、本学会のホームページで広報された理念を読み、本学会に一縷の望みを託してくれていたのに。

 ここであらためて、運営委員にわたくしが立候補した動機のひとつとなった一連の出来事が思い出される。
 かつてわたくしは編集委員会から或る投稿論文の査読を求められた。その際、より優れた見地から閲読をしていただける非会員を紹介したが、そのときのわたくしの応答の一部がコンテキストから遊離して投稿者に伝わったと想定される出来事が生じた。これが、他の経緯も複合する紛争へと発展したと伝え聞いた。そして編集委員の一人の解任要求が運営委員会に提出される事態となったことを聞いたわたくしは責任を覚え、当時の運営委員長藤本豊氏に対し、数度にわたり事実関係の説明を書き送った。
 ところが、数ヶ月を経ても回答は無かった。わたくしは監事にこの事態を質す書面を事務局に託したところ、回答はあったものの「監事は会計監査を行うので会務に関与しない」との旨であった。(当時および現行会則に、「会務を監査する」と記されているのであるが。)こうして、わたくしは一会員として意見を運営委員会に申し立てる手段を失い、致し方なく、6月の編集委員会開催期日に上京し、編集委員会への直接申し入れを行った。その結果、新たに編集委員に任用いただいた(が、編集委員会メーリングリストへの参加は結果として8月下旬に至るまで許可されなかった)。そこで、7月に大阪で開催される運営委員会に無償で書記を務めることを申し出て、議場に参加することができた。こうして、ようやく藤本運営委員長から直接の回答を頂くことができた。
 しかしながら、藤本氏のお話は、率直なところ、わたくしには充分了解し得るとは言い難いものであった。つまり、藤本氏は、ご自分が公的職務として東北支援に派遣されていたことと、そのことに関するご家庭の事情を語られ、それらの事情への共感をわたくしに求められた。それよりも驚いたのは、本紛争当事者に対する藤本氏ご自身の差別的所感が言葉の端々に感じられたことだ。
 そのときである。わたくしは、この学会はこのままではダメだと、それまでの懸念が一気に確信に変わった。これが、本運営委員会のhabitusだ。一般会員の要望や切迫した訴え(それは学会をとりまく社会状況の不条理を代弁するものであってさえ)、それらを、自らの個人的事情を言い訳にして、不作為と無視で切り捨てて顧みない。このような暗々裏に本運営委員会内に暦年醸成かつ伝承されてきた集合意識からの承認を背景に、当時の運営執行部の長藤本氏は、通常一般の言動であるかにそれらを行い、微塵も恥じるところがなかった。
 ここに体現される「学会としての社会的使命より仲間内の情実重視」という運営委員会habitusの変革に根本から挑まねば、本学会が公に掲げてきた理念に、もはや存続の未来はないと思われた。
 翌年1月の前期・今期の引き継ぎを兼ねた運営委員会で、互選による運営委員長選出が行われた。そのとき、わたくしの心からの叫びとして、藤本氏の運営委員長への再任反対を訴えざるを得なかった。
 当事例の背景となる前期運営委員会会務の内部状況は、現時点でも伝聞でしか語れない。
 なぜなら、任期終了をあと数ヶ月に残すいまこの時点(平成25年5月25日)でさえ、わたくしは前期運営委員会メーリングリストを参照することが許されず、前期委員間でどのようなやりとりが交わされていたのかを知ることができないからだ。
 ところで今期、新任2名を含む運営委員6名が任期中に辞任された。新人のうち1名は学会を退会された。この方は他領域の専門家であったが、一般の方々が本学会への入会意義を高め得る方策と将来的発展に資する優れた具体案を抱かれており、本学会の運営執行に携わって頂きたく、わたくしが切に入会をお願いした方であった。だが、従来の運営委員会での閉塞した展望を切り拓くその方の画期的な案が提示される、その前の段階で、「これまでに、やったことのないことはしたくない」との、例によって例のごとき抵抗に出会う。つまり、正面立って提案内容の意義を議論したくないときに、自民党改憲論の如き「内容吟味回避の手続き論」や「無視による引き延ばし」等の間接的手段で新たな変革案を排除しようとする、旧来多選の多数派委員が常道とする半ば無意識的集合的回避行動に遭遇し、去っていかれた。
 任期半ばにこのように複数の辞任者が出たことは問題にされてもよいが、前期の運営委員にもまた同様の事態が生じていることが表だって語られないことには、いささか疑問を感じる。すなわち、前期の新人運営委員2名は任期終了後に退会、前事務局長も、また前期以前から会務の改善を訴えてきた元運営委員も年度末を期に退会している。したがって、任期中途であるにせよ、かつて一人の委員が「淀む水が腐る」と訴えた事態そのものは、前期からさほど変わっていないと言えるかもしれない。
 その淀みの中にあって、処を得つづけてきた集合意識からの見えにくい圧力が、新たな参入者を脅かしつづけたことは否めないだろう。
 新たにその淀みの場に(表面的には)暖かく迎えられ、目的意識と希望を抱いていた新任委員たちの間に、その見えざる圧力が微妙に亀裂をもたらし溝をうがった。その果てに互いに疑心暗鬼に陥り、深刻な不全感を抱きつつ静かに去っていかれたのではないか。
 そして何より、わたくしが今期味わった最大の遺恨は、8月の第48回大会(東京会場)の2日目に遠方より足をお運びくださった比較民俗学会会長への、運営副委員長および藤本委員の礼節を欠いた対応であった。

 2日目に、わたくしは後述の宮脇運営副委員長が初日の総会で提示した、比較民俗学会学会誌の中の漢字二文字の表記に関わる誤解を正していただくために、宮脇副委員長に同席を求めた上で、会長に経緯を説明した。会長が、比較民俗学会としての文言選択の意義説明をされているとき、宮脇運営副委員長は会長の言葉を遮り反論した。当然、会長は立腹され、「では、この共同開催の話はなかったことにしましょう」とまで言われた。その後大会説明会が行われる中、宮脇副委員長は学務のため会場から退出された。説明会の席上、会長から、お気持ちを納められての「一緒に頑張りましょう」とのお言葉を頂き、わたくしは心底安堵した。しかし、まさに、その後のことだ。藤本委員が個人的に会長に再び、他学会機関誌内の記述変更を求める申し入れを行ったのである。
 わたくしは、時程半ばで帰られる会長をお見送りする行路で、日頃は温和でにこやかな氏が、「ほんとうに、この学会の方たちには、申し上げることばが通じないのですね。」と仰ったことを、忘れようにも忘れられない。社会的に見識の高い第一級の研究者でおられる小島先生に対し、初対面にも関わらず、運営副委員長と藤本委員は一方的に自らの立場においての都合を主張する。これが、臨床心理実践者の態度であろうか。比較民俗学会の語彙解釈を尊重せずに一方的に否定することを以て、他学会とその長を侮辱したことは、本学会としての謝罪を免れない、極めて深刻な事態ではないだろうか。

 そもそも、第48回大会が中国大連市で開催されると決まったときに、わたくしは東アジアでの数十年にわたる地道な実地調査にもとづき、人々の日常生活と文化の機微を研究してきた実績のある比較民俗学会の年次大会との合同開催を企図した。これは、わたくしが本学会の内向き傾向を少しでも打開する緒として自ら申し出た渉外担当職務の一環であった。言うまでも無くこれら交渉のための出張費用等は自費であり、本学会からの拠出はしていない。
 この事件前日の総会時においての、宮脇運営副委員長の比較民俗学会会報記述の「共催」表記を、たまたまその記事の直前に論文が掲載されていたという根拠に依って、實川委員を批判したことは、一方的思い込みによる的外れな言いがかりに過ぎなかった。このような議論の紛糾による時間の浪費に依り、その後も予定外支出と多くの事務工数を費やすこととなる臨時   総会の開催を年度末直前に行わねばならない事態を招いた。
 総会時程は東京会場企画担当者の設定であり、学会認定資格検討委員会費目等新たな重要事案を含む審議を期して、メーリングリスト上でわたくしは再三再四にわたって、運営委員各位の円滑な議事進行について呼びかけお願いしてきた。にも関わらず、これらを無視した運営委員会三役の一人からの議事開始直後の動議によって、議事継続が阻まれたのである。
 議場で、他学会内部判断に関わる、自らは預かり知らぬ責任への追及を唐突に被った實川委員が反論した。その説明を、宮脇運営副委員長は言葉を覆い被せて遮った。これに抗議して實川委員が声を荒らげたとき、たまたま遅れて総会議場に入室した会員があった。
 後にその人が、その場で感じ取った私的所感を事務局への連絡文書に書き添えてこられたことがあった。その文面から切り取られた断片を、後の第四回運営委員会(対面会議)議場で、藤本委員が提示なさり、實川委員への責任追及動議の道具として用立てられた。
 これら2例の行為様式には、同様の構造が認められる。他者の書いた文書を利用した個人攻撃が、本学会歴任運営委員の一部habitusの常道であろうかと推測されるのだ。つまり、或る目的(対立委員の意見陳述を制圧)のために、その場の主題とは無関係な事象(上記事例では、他学術団体の機関誌に記述された学術用語ではない二文字熟語・コンテキストへの理解が不充分なまま綴られた感想文)を道具(横槍)として用いられているのである。
 わたくしは今期初めて運営委員となり事務局を務めるにも関わらず、新人運営委員であるが故のこまごまとした不明瞭事案にぶつかることが度々で、そのことに苦悩してきた。にもかかわらず、昨年度の会務遂行状況を自ら調べて参考にできない。そこで社会常識としての見地からの、自分なりの工夫で会務を執行することに務めた。そのような対処方法の可否と遂行過程報告を、ときには2ヶ月近くにわたって再三運営委員会メーリング上で意見を求めてきたが、数名の特定の委員からの応答しか得られないことが専らであった。そこで致し方なく、無回答であることを異論がないと解して事案を進めると、多々それらは事後的に総会や対面運営委員会で蒸し返され、情緒操作を伴う手慣れた交渉術で事案の根幹への検討を巧みに回避した消耗戦に持ち込まれる。その末に、時間切れを理由に多数決で覆されてしまう。
 すなわち、本学会運営委員会には、長期にわたるメーリングリストにおいての文書上での問題提起においても、対面での話し合いにおいても、根本的な合意が成り立ち得ない、立脚点の異なる対立軸・別土俵が厳然と存在しているのだ。
 以上拙文は告発の書き物である。だが、事例として挙げた個人への弾劾ではないことにご留意頂きたい。この運営委員会に暦年醸成伝承されてきた、habitus本態への気づきを促す警告として書き留めたものである。
 その他の本運営委員会の諸様態を言語化し露呈させようと綴った拙文の類を、来期の運営委員の方々の参考としていただければ幸いである。それが叶うなら、今期メーリングリストにわたくしが逐次書き込んできた少なからぬ文章や対面運営委員会や総会についての拙所感(機関誌掲載)に費やした労力に、いささかの意義を自らに見いだすこともできよう。
 機に応じそのときどきの私感と所見、これら全てを、本運営委員会の会務記録として、将来の公開に備えて欲しい。
  以上、敗者の弁としては、饒舌に過ぎた。
 ·  次期の運営委員各位、ことには菅野新事務局長におかれては、文字通り命がけの健闘を期待する。
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です