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声明 (平成二七年の「臨時総会」と称する会員集会を期に)

声 明

平成二七年十一月二三日の「臨時総会」と称する会員集会を期に

平成27年12月2日

第22期運営委員と監事一同

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いま、私たちの学会は危機に立っています。崩壊の瀬戸際とさえ言える、差し迫った危機です。「第21期運営委員」を名乗った権限のない者たちが、学会の歴史に最大の汚点を残しつつあります。学会の大切にしてきた共生・共存の理念は、問答無用で踏みにじられました。

去る11月23日、東京都中央区八重洲の「ハロー貸会議室」において、日本臨床心理学会の会員を参加者に含む集会がありました。谷奥会員ら「第21期運営委員」を名乗る者たちは、これを「日本臨床心理学会臨時会員総会」と称しています。しかし集会のどの議決にも、学会の意思決定としての効力はありません。もし彼らが、この集会を「会員総会」と詐称し続け、権限の無いまま学会運営を謀るなら、会員を欺きつつの、学会財産の横領となります。

私たち第22期役員は、そうした暴挙を許しません。

○ まず、私たちの立場を簡潔にまとめます。

一、去る九月四日に始まり、同月二六日に終了した会員総会は、会則に則った正式なもので、ここで選ばれた私たちが第22期役員である。

一、「第21期運営委員」を名乗る者たちの開いた「臨時会員総会」は、会員有志の集会に過ぎず、総会としての決議は全てが違法・無効である。

一、私たちは、意見や立場の異なる人びとの言葉にも耳を傾け、無視や排除をせず、会則と良識と民主的な手続きに基づく、対話による解決に努力してきた。(「第21期運営委員」を名乗る者たちは、対話の呼びかけをすべて拒んだ。)

一、「第21期運営委員」を名乗る者たちに、次の各項目の実現を求める。要求を無視すれば、私たちは学会とその活動を護るため、法的手続きを含む必要な手だてを取るであろう。

イ 学会の活動と組織への破壊、妨害行為を即刻中止し、正常な学会活動に、一会員として直ちに復帰すること。

ロ 会員全員の貴重な共通財産をなす学会の資金および会員名簿や学会ホームページなどの違法な占有を即刻やめ、学会に返還すること。

ハ 会員の「永久除名」の提案という、学会の本旨に悖る行動を反省・撤回し、謝罪すること。

○ 次に、以上の点を敷延し、説明を加えます。

第21期役員(運営委員と監事)については、そもそも選出過程に疑義がありました。これについては第20期の運営委員長(会長)、事務局長(運営副委員長兼任)、編集委員長を含む「落選」した候補者が異議を申し立ててきました。旧役員たちは、昨年十一月一五日の夜間に催した出席者13名のお手盛り総会で認証されたと強弁しますが、仮にそうだとしても、平成二七年八月十日に二年間の任期を満了しており、臨時会員総会を招集する権限はありません。

平成二七年度の定期会員総会は、九月四日に選出された議長団の指揮の下で、去る九月二六日に所定の議事を終了しました。会則に則った手続きで、第22期役員の選出も済んでいます。そこで選ばれた正式な第22期役員(運営委員と監事)の私たちは、学会活動の実態調査と、異なる立場の人びととの話し合いを目的に、去る二三日の集会に列席しました。

集会の開始直後に、谷奥会員が「総会議長の選出」と称する行為を始めようとしました。このため私たち第22期役員は、急遽発言を求めました。「総会」の成立要件や有権者の確認など、「議長選出」なる手続きに先立ち必ず明確にすべき諸点を含む指摘となるはずでした。

私たちは、学会の財産を不当に占有し、かつ私たち正当な役員に非難と攻撃を浴びせる人たちとでも、学会の正常化と前進のために話し合おうと考えていました。もしこのとき、きちんとした対話と審議が成り立てば、「第21期運営委員」を称する人びとが求める「臨時総会」としての進行も、不可能でなかったはずです。

ところが谷奥会員らは、私たちの発言を一切認めず、「議長」の選出を強行しました。また「議長」と「副議長」を名乗る二人も、私たちの発言を認めようとしませんでした。第22期役員はこのため、所期の目的の達成を困難と判断し、抗議して退去しました。これに同調した会員数名も会場を離れました。

この日の出来事は、一部の会員による任意の集会でしかありません。日本国憲法の保証するとおり、集会は自由です。しかし、勝手に公けの意味づけを与えてはなりません。

この集会が「総会」の要件を充たさないことは、私たち第22期運営委員会が前もって告示しました。混乱を防ぐため、開催の中止も指示しておりました。ところが自称「第21期運営委員」たちは会員を欺いて、「臨時総会」として勧誘し、さらには非会員にも動員をかけ、七十人程度を集めた模様です。

奇妙なことに、自称役員たちは集会の開始に先立ち、会員名簿での資格確認をせず、委任状の有効性も確認しませんでした。参加者の六十名余りに署名させたうえ、議決権を認証したとする名札と投票用紙を配布するだけの、杜撰な手続きでした。

九月四日の定期総会では、前例になく時間が乏しいにもかかわらず、自称役員たちが会員資格と委任状の確認を、名簿と照らし合わせて一時間ほどをかけ行ないました。このため議事が大幅に遅れ、総会遷延の一因となりました。また議長は、自称役員たちの発する異論に、議事の妨げとなっても、いちいち発言の機会を与えました。

このたびの自称「議長」と「副議長」は、異論を認めず多数を頼んで、強引にお手盛りを謀りました。しかも会員の永久除名という、学会の長く訴えてきた共生の旨にもとった議案を含む「議事」を進めようとしました。そして、強引に可決した模様です。

<公正な手続き、異論の表明を許す民主主義、弱者への配慮>といった「きれいな」事柄は、自称役員たちの一貫した行動原理でなく、自分たちの都合のよいときに持ち出すスローガンに貶められている - このことの垣間見られた集会でもありました。

会員の皆さまにおかれては、不当・不正な行為に惑わされることなく、落ち着いて学会活動を進めていただくよう願うところです。

平成二七年度の定期会員総会が公正に選出した私たち役員は、次の通りです。

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・運営委員:

實川 幹朗;運営委員長(編集委員長兼任)

金田 恆孝;運営副委員長(研修委員長兼任)

中川 聡 ;事務局長(運営委員長代行兼任・会計担当)

・監事:

戸田 游晏

梅屋 隆

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10年越しの精神科医療過誤裁判に不当判決 〜 いま、日臨心の真価が問われる!

 

いま、日本臨床心理学会の真価が問われる!

〜 10年越しの精神科医療過誤裁判に不当判決 〜

今年の7月に関西の臨床心理学会会員有志が主催した、
向精神薬薬害をテーマとして交流会(研修会)で講師にお招きした
中川聡さん(原告)の裁判に、11月28日、不当な判決が下されました。
http://ameblo.jp/sting-n/entry-11727887707.html

中川さんの7月の研修会でのお話の概要は以下をご参照ください。
http://nichirinshin-o.sakura.ne.jp/wordpress/?page_id=93

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この7月の交流会に集まられたのは、本学会会員だけではありませんでした。
参会者の過半数は、
精神科医療における乱処方により薬害を被った当事者・生存者の方々、
医療専門職、臨床心理学やカウンセリングを学ぶ人たちでした。

社会の問題を同じ目線で、ともに悩み苦しみ、これからを真剣に語り合う。
この趣旨で、「交流会」として催されたものです。
参加された当時の運営委員長酒木保さんも、
発達障がいとの診断を受けた子どもたちへの向精神薬処方を慎重に行うべきと明言されました。

医療での服薬に代わるものとして、酒木さんの実践されてきた心理的アプローチの有効性は、先の12月7日の交流会のご報告の通り、WISC他標準的かつ客観的指標に照らし、有意に認められています。
実際、酒木さんの現在対応されている20事例あまりの殆どがすでにコンサータ服薬を必要としなくなっています。

すなわち、日臨心からは、現行の向精神薬医療の不備を補完し、場合によっては、有効性の高い対案となし得る方法論の提示が、現時点において、既に可能なのです。

————–
1月に東京で行われた日臨心研修会を受けての7月の交流会には、21期運営委員長となられた谷奥さんと、
当時研修委員長であった、現事務局長菅野さんも出席されていました。
ところで、1月の東京研修会の準備段階において、
当時の戸田事務局長から菅野研修委員長に、再三にわたり、中川聡さんとのコンタクトを助言がありましたが、
菅野さんはこれに耳を傾けられることはありませんでした。
7月の研修会準備についても、菅野さんはいっさい関わられることはありませんでした。
しかし、当日にわざわざ茨城からお越しになり、会の最後に、戸田(20期)事務局長の促しにより発言された様子は、以下の戸田報告の中に触れられています。
http://nichirinshin-o.sakura.ne.jp/wordpress/?page_id=16
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残念ながら、日本臨床心理学会運営委員会が、この不当判決について意見表明する可能性はきわめて薄い
なぜならば、現行の精神医療体制の維持存続の一角を担う役割を果たすことを国家資格化の重要条件と実質上認める日心臨の方向性、宮脇・藤本体制に牛耳られた現在の日臨心は既に合流しているのですから。

その傍証を上げるならば;
昨24年末、戸田20期事務局長が運営委員会に当事者の権利の擁護を目的とする事案を提出したが、これが果たせなかった。
このような前例があるのです。
以下の頁内、「20期運営委員総括」PDFファイルの戸田事務局長記述箇所をご参照ください。
http://nichirinshin-o.sakura.ne.jp/wordpress/?page_id=306

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  いまや日本臨床心理学会は、
      当事者の側にではなく
          体制の側に
立っている

 

特定秘密保護法案の成立と、この日本臨床心理学会運営委員会の現在の運営執行状況との類似性には、非常に興味深いものがあります。

現在の日本臨床心理学会は、まぎれもなく、

<強き既存権威におもねり、

手先となって弱きをくじく>

<都合の悪いことは情報操作で隠蔽し、

会費を搾取、いや詐取する>

そのような団体に成り下がっている。

このように批判されたとき、21期運営委員会ならびに監事の方々は、
堂々と反論ができますか?

とくに、お尋ねしたい。
20期から留任の運営委員の方々、
谷奥さん、菅野さん、高島さん、栗原さん、藤本さん、鈴木さん、宮脇さん、

いま社会に対して、日臨心ならばこそ
発信できる提言は何か、ということを!!

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「日臨心の会員であって良かった!」
と少しでも思いたいと願われる皆さん、

国政への異議申し立てが難しくとも、
日臨心の歪みなら、正すことができる。

日臨心を変えられるのは、皆さんお一人お一人です!!

みなさまからのご意見をお待ちしています。
 
 
 

申し入れ書に無内容な返事運営委員会の不当介入による

前期運営委員と候補者による選挙の公正を疑う公開申し入れ(先の記事)に、返答がありました。
この申し入れ書は、全会員に返答を通知するよう求める公開の書面でした。(はたして、会員の皆さまにも届いているのでしょうか?学会の公式ホームページは、いまもって実質的に休止状態です。)
奇妙なことに、返答者の筆頭は第21期運営委員会になっています。
宛て先にない機関が返答を行なったのです。しかし宛て先の一人、滝野暫定監事の名はありません。
文中には「選挙管理委員会は独立した機能を持っていますが、元来は、運営委員会から委任された機関です」との記述がありますが、これも奇妙です。
*最高裁長官は内閣の指名に基づき天皇が任命します。最高裁長官への申し入れに総理大臣や天皇が口を出せるのでしょうか?!*
またしても、会則を無視した運営委員会の独走 です。(もう何度目か?)
返答の文章を起草したのは「事務局長」の菅野聖子さんで、本来の宛て先の人びとが異議なく了承したそうです。(電話にて本人に確認)
この返答の無内容・言葉足らずを見れば、誰しもまさに「言葉を失う」でしょう。
・選挙の手続きについての、具体的な申し入れなのに、これらをすべて無視しています。
 とにかく返事を出しておけばよい、と考えてのことでしょうか?
 この形だけの文書を「官僚的」と言っては、まじめな官僚に失礼となるでしょう。
◎申し入れへの返答文書はこれです:WORD(原文)  PDF

[文責:實川幹朗]

心臨から国家資格に反対の動き:「専門性」の本音を告白!

心臨から国家資格反対の檄

「専門性」とは何かを巧みに解説!

こんな手紙を見付けました。
日本心理臨床学会の一部から、国家資格化(少なくとも現行の動き)に反対する声明が出ています。
国家資格そのものに反対ではなく、「専門性」が薄まるのを恐れています。
そうすると、顧客の役に立たなくなるのだそうです!
心理職の実力とはすなわち免許状の格との思想が明白に出ていますし、
文体の品位とも併せ、このあたりの底力を推し量るのに役立つ資料です。

国家資格に反対する心臨の人びと [PDF]

      投票のお願い

 みな様のお手元に「日本心理臨床学会 第2回代議員(社員)選挙投票資
料」が届いていると思います。既に投票を済まれた方もおられるかもしれま
せんが、まだの方に、投票についてのお願いがあります。

 今回の選挙では、現在進行中の国家資格化と絡んで、さまざまの議論があ
るのは皆様、ご存じかと思います。
 私どもは、国家資格になることを望んでいますが、国家資格になることに
よって、従来の臨床心理士が大切にしている専門性が失われ、幅広くて一般
的な、専門職としての特殊性の乏しい「心理師」になってしまうことを怖れ
ています。そうなれば私たちの仕事を求めてくるユーザーの役に立たなくな
、これまでの臨床心理士を評価し、期待を持って下さっている方達を裏切
ることになります。この方向性をなんとしても食い止め、これまで築いて来
た研修体制を維持したいと願って、私たちはガラにもなく選挙運動をするこ
とにいたしました。
 全国区で立候補している候補者のうち、現行の国家資格条件に批判的な意
見を表明している候補者は半数にも足りません。全員が当選してもやっと過
半数です。なにとぞ期日までに必ず投票権を行使され、この方達が当選する
ようにご尽力下さいますようお願い申し上げます。

 全国区候補者は以下の方々です。(五十音順・敬称略)
 青木紀久代、伊藤良子、乾吉佑、岡田康伸、皆藤章、
 菊池義人、北山修、黒田浩司、桑原知子、滝口俊子、田畑洋子、
 馬場禮子、深津千賀子、藤原勝紀、松木邦裕、吉川眞理。

 平成25年2月18日

                差出人
                馬場禮子 (全国区)
                深津千賀子(全国区)
                乾吉佑  (全国区)
                中村留貴子(関東地区)
                岩倉拓  (関東地区)

20期運営委員会事務局長退任にあたって

20期運営委員会事務局長退任にあたって

戸田 游晏

 本学会運営委員会の内側に入りこみ、そのhabitusの有りようになまなましく出会ったとき、深い幻滅を伴う衝撃を受けた。
 それは、旧くからの多選役員の概ねの考え方や行動様式が、わたくしの発想の地脈とは異なる基盤に根を下ろしている、と気づいたときであった。
 第一の「驚き」は、運営委員会多選委員の、対会員、対社会の考え方が、わたくしとはほぼ対極にあったことである。これがまず露わとなったのは、第48回大会東京会場企画事案での参加費用額設定においてであった。
 わたくしは、非会員を無料とすることを提案した。その根拠としてわたくしは、以下を疑うことがなかったからだ。すなわち、会員の拠出する貴重な会費は、本学会が社会に対し意見を発信し、啓発活動を支援し、会員の学術研究成果を広く公開する用途で使うべく託されている、と。ところが、「会員であることの特典」がなければならないとの多数見解によりわたくしの意見は却下された。
 これが、本学会の理念(とわたくしが思い込んでいたこと)と本態とのズレの認識、いやそれのみでなく、現行運営委員会が維持する通念への疑義を抱いた最初の体験であった。その後もさまざまに不条理な出来事が、事務局長の会務の中では頻出した。それらは、幾人かの運営委員を一個人の見地から批判する形とならざるを得ないので、いまとなっては逐一語るべくもない。
  しかし、昨年末の一事例は、これらの幻滅感をよりいっそう再認せざるを得なかった。それは、わたくし個人の問題ではなかったからである。

 昨年の晩秋わたくしは教え子に当たる一人の女性から、向精神薬薬害と進学先医療教育機関からの不当と見なしうるその人への処遇とが絡み合った難しい相談を受けた。その問題には某地方都市の医師会も絡み、わたくし個人ではいかんとも対処できなかった。ましてや、精神的にも経済的にも切迫した状況にある当人に対して、カウンセラーの本領である対症療法として一時しのぎのなだめにしかならない「セラピー」でうやむやにごまかせるような問題ではない。
 そこでわたくしは、運営委員会に、当人が通う医療教育機関の経営主体である某市医師会への調査依頼と意見申し入れができないものかと願い出た。しかし、これを真摯に現実的に受け止めていただいたのは、一部の委員に過ぎなかった。暦年の役員から唯一人、支援の方向を探る意見を出してくださった委員でさえ、まずは、「当人が会員であるかどうか」を問われた。
 わたくしの本学会へのかつての認識としての(今や今後に期待するしかない)責務は、個人で解決するには大きすぎる問題を抱える精神保健福祉ユーザーへの組織的支援を行うことである。社会的弱者の立場を常に共有し支援する機能を喪ってしまっては、ましてや会員同士で利益を守り利便を図り合うという内向きの姿勢では、社会に於ける本学会の存在意義は、危うくなるのではないだろうか。
 その後、わたくしでできることを行おうと、個人的つながりを通しての支援を試みた。しかし、本人は当教育機関の姿勢への影響力が見込まれる組織からの意見申し入れを望んでいた。「自分はもう退学し他分野の専門職を目指すが、後輩のためにぜひお願いしたい」との思いからであった。その後、本人はわたくしへの連絡も閉ざした。その人が現在どのような境涯にあるのかは解らない。
 高らかな理想を掲げる、本学会の運営委員会事務局長という立場に自らがありながら、若い教え子一人の支援さえできなかった。本人は、本学会のホームページで広報された理念を読み、本学会に一縷の望みを託してくれていたのに。

 ここであらためて、運営委員にわたくしが立候補した動機のひとつとなった一連の出来事が思い出される。
 かつてわたくしは編集委員会から或る投稿論文の査読を求められた。その際、より優れた見地から閲読をしていただける非会員を紹介したが、そのときのわたくしの応答の一部がコンテキストから遊離して投稿者に伝わったと想定される出来事が生じた。これが、他の経緯も複合する紛争へと発展したと伝え聞いた。そして編集委員の一人の解任要求が運営委員会に提出される事態となったことを聞いたわたくしは責任を覚え、当時の運営委員長藤本豊氏に対し、数度にわたり事実関係の説明を書き送った。
 ところが、数ヶ月を経ても回答は無かった。わたくしは監事にこの事態を質す書面を事務局に託したところ、回答はあったものの「監事は会計監査を行うので会務に関与しない」との旨であった。(当時および現行会則に、「会務を監査する」と記されているのであるが。)こうして、わたくしは一会員として意見を運営委員会に申し立てる手段を失い、致し方なく、6月の編集委員会開催期日に上京し、編集委員会への直接申し入れを行った。その結果、新たに編集委員に任用いただいた(が、編集委員会メーリングリストへの参加は結果として8月下旬に至るまで許可されなかった)。そこで、7月に大阪で開催される運営委員会に無償で書記を務めることを申し出て、議場に参加することができた。こうして、ようやく藤本運営委員長から直接の回答を頂くことができた。
 しかしながら、藤本氏のお話は、率直なところ、わたくしには充分了解し得るとは言い難いものであった。つまり、藤本氏は、ご自分が公的職務として東北支援に派遣されていたことと、そのことに関するご家庭の事情を語られ、それらの事情への共感をわたくしに求められた。それよりも驚いたのは、本紛争当事者に対する藤本氏ご自身の差別的所感が言葉の端々に感じられたことだ。
 そのときである。わたくしは、この学会はこのままではダメだと、それまでの懸念が一気に確信に変わった。これが、本運営委員会のhabitusだ。一般会員の要望や切迫した訴え(それは学会をとりまく社会状況の不条理を代弁するものであってさえ)、それらを、自らの個人的事情を言い訳にして、不作為と無視で切り捨てて顧みない。このような暗々裏に本運営委員会内に暦年醸成かつ伝承されてきた集合意識からの承認を背景に、当時の運営執行部の長藤本氏は、通常一般の言動であるかにそれらを行い、微塵も恥じるところがなかった。
 ここに体現される「学会としての社会的使命より仲間内の情実重視」という運営委員会habitusの変革に根本から挑まねば、本学会が公に掲げてきた理念に、もはや存続の未来はないと思われた。
 翌年1月の前期・今期の引き継ぎを兼ねた運営委員会で、互選による運営委員長選出が行われた。そのとき、わたくしの心からの叫びとして、藤本氏の運営委員長への再任反対を訴えざるを得なかった。
 当事例の背景となる前期運営委員会会務の内部状況は、現時点でも伝聞でしか語れない。
 なぜなら、任期終了をあと数ヶ月に残すいまこの時点(平成25年5月25日)でさえ、わたくしは前期運営委員会メーリングリストを参照することが許されず、前期委員間でどのようなやりとりが交わされていたのかを知ることができないからだ。
 ところで今期、新任2名を含む運営委員6名が任期中に辞任された。新人のうち1名は学会を退会された。この方は他領域の専門家であったが、一般の方々が本学会への入会意義を高め得る方策と将来的発展に資する優れた具体案を抱かれており、本学会の運営執行に携わって頂きたく、わたくしが切に入会をお願いした方であった。だが、従来の運営委員会での閉塞した展望を切り拓くその方の画期的な案が提示される、その前の段階で、「これまでに、やったことのないことはしたくない」との、例によって例のごとき抵抗に出会う。つまり、正面立って提案内容の意義を議論したくないときに、自民党改憲論の如き「内容吟味回避の手続き論」や「無視による引き延ばし」等の間接的手段で新たな変革案を排除しようとする、旧来多選の多数派委員が常道とする半ば無意識的集合的回避行動に遭遇し、去っていかれた。
 任期半ばにこのように複数の辞任者が出たことは問題にされてもよいが、前期の運営委員にもまた同様の事態が生じていることが表だって語られないことには、いささか疑問を感じる。すなわち、前期の新人運営委員2名は任期終了後に退会、前事務局長も、また前期以前から会務の改善を訴えてきた元運営委員も年度末を期に退会している。したがって、任期中途であるにせよ、かつて一人の委員が「淀む水が腐る」と訴えた事態そのものは、前期からさほど変わっていないと言えるかもしれない。
 その淀みの中にあって、処を得つづけてきた集合意識からの見えにくい圧力が、新たな参入者を脅かしつづけたことは否めないだろう。
 新たにその淀みの場に(表面的には)暖かく迎えられ、目的意識と希望を抱いていた新任委員たちの間に、その見えざる圧力が微妙に亀裂をもたらし溝をうがった。その果てに互いに疑心暗鬼に陥り、深刻な不全感を抱きつつ静かに去っていかれたのではないか。
 そして何より、わたくしが今期味わった最大の遺恨は、8月の第48回大会(東京会場)の2日目に遠方より足をお運びくださった比較民俗学会会長への、運営副委員長および藤本委員の礼節を欠いた対応であった。

 2日目に、わたくしは後述の宮脇運営副委員長が初日の総会で提示した、比較民俗学会学会誌の中の漢字二文字の表記に関わる誤解を正していただくために、宮脇副委員長に同席を求めた上で、会長に経緯を説明した。会長が、比較民俗学会としての文言選択の意義説明をされているとき、宮脇運営副委員長は会長の言葉を遮り反論した。当然、会長は立腹され、「では、この共同開催の話はなかったことにしましょう」とまで言われた。その後大会説明会が行われる中、宮脇副委員長は学務のため会場から退出された。説明会の席上、会長から、お気持ちを納められての「一緒に頑張りましょう」とのお言葉を頂き、わたくしは心底安堵した。しかし、まさに、その後のことだ。藤本委員が個人的に会長に再び、他学会機関誌内の記述変更を求める申し入れを行ったのである。
 わたくしは、時程半ばで帰られる会長をお見送りする行路で、日頃は温和でにこやかな氏が、「ほんとうに、この学会の方たちには、申し上げることばが通じないのですね。」と仰ったことを、忘れようにも忘れられない。社会的に見識の高い第一級の研究者でおられる小島先生に対し、初対面にも関わらず、運営副委員長と藤本委員は一方的に自らの立場においての都合を主張する。これが、臨床心理実践者の態度であろうか。比較民俗学会の語彙解釈を尊重せずに一方的に否定することを以て、他学会とその長を侮辱したことは、本学会としての謝罪を免れない、極めて深刻な事態ではないだろうか。

 そもそも、第48回大会が中国大連市で開催されると決まったときに、わたくしは東アジアでの数十年にわたる地道な実地調査にもとづき、人々の日常生活と文化の機微を研究してきた実績のある比較民俗学会の年次大会との合同開催を企図した。これは、わたくしが本学会の内向き傾向を少しでも打開する緒として自ら申し出た渉外担当職務の一環であった。言うまでも無くこれら交渉のための出張費用等は自費であり、本学会からの拠出はしていない。
 この事件前日の総会時においての、宮脇運営副委員長の比較民俗学会会報記述の「共催」表記を、たまたまその記事の直前に論文が掲載されていたという根拠に依って、實川委員を批判したことは、一方的思い込みによる的外れな言いがかりに過ぎなかった。このような議論の紛糾による時間の浪費に依り、その後も予定外支出と多くの事務工数を費やすこととなる臨時   総会の開催を年度末直前に行わねばならない事態を招いた。
 総会時程は東京会場企画担当者の設定であり、学会認定資格検討委員会費目等新たな重要事案を含む審議を期して、メーリングリスト上でわたくしは再三再四にわたって、運営委員各位の円滑な議事進行について呼びかけお願いしてきた。にも関わらず、これらを無視した運営委員会三役の一人からの議事開始直後の動議によって、議事継続が阻まれたのである。
 議場で、他学会内部判断に関わる、自らは預かり知らぬ責任への追及を唐突に被った實川委員が反論した。その説明を、宮脇運営副委員長は言葉を覆い被せて遮った。これに抗議して實川委員が声を荒らげたとき、たまたま遅れて総会議場に入室した会員があった。
 後にその人が、その場で感じ取った私的所感を事務局への連絡文書に書き添えてこられたことがあった。その文面から切り取られた断片を、後の第四回運営委員会(対面会議)議場で、藤本委員が提示なさり、實川委員への責任追及動議の道具として用立てられた。
 これら2例の行為様式には、同様の構造が認められる。他者の書いた文書を利用した個人攻撃が、本学会歴任運営委員の一部habitusの常道であろうかと推測されるのだ。つまり、或る目的(対立委員の意見陳述を制圧)のために、その場の主題とは無関係な事象(上記事例では、他学術団体の機関誌に記述された学術用語ではない二文字熟語・コンテキストへの理解が不充分なまま綴られた感想文)を道具(横槍)として用いられているのである。
 わたくしは今期初めて運営委員となり事務局を務めるにも関わらず、新人運営委員であるが故のこまごまとした不明瞭事案にぶつかることが度々で、そのことに苦悩してきた。にもかかわらず、昨年度の会務遂行状況を自ら調べて参考にできない。そこで社会常識としての見地からの、自分なりの工夫で会務を執行することに務めた。そのような対処方法の可否と遂行過程報告を、ときには2ヶ月近くにわたって再三運営委員会メーリング上で意見を求めてきたが、数名の特定の委員からの応答しか得られないことが専らであった。そこで致し方なく、無回答であることを異論がないと解して事案を進めると、多々それらは事後的に総会や対面運営委員会で蒸し返され、情緒操作を伴う手慣れた交渉術で事案の根幹への検討を巧みに回避した消耗戦に持ち込まれる。その末に、時間切れを理由に多数決で覆されてしまう。
 すなわち、本学会運営委員会には、長期にわたるメーリングリストにおいての文書上での問題提起においても、対面での話し合いにおいても、根本的な合意が成り立ち得ない、立脚点の異なる対立軸・別土俵が厳然と存在しているのだ。
 以上拙文は告発の書き物である。だが、事例として挙げた個人への弾劾ではないことにご留意頂きたい。この運営委員会に暦年醸成伝承されてきた、habitus本態への気づきを促す警告として書き留めたものである。
 その他の本運営委員会の諸様態を言語化し露呈させようと綴った拙文の類を、来期の運営委員の方々の参考としていただければ幸いである。それが叶うなら、今期メーリングリストにわたくしが逐次書き込んできた少なからぬ文章や対面運営委員会や総会についての拙所感(機関誌掲載)に費やした労力に、いささかの意義を自らに見いだすこともできよう。
 機に応じそのときどきの私感と所見、これら全てを、本運営委員会の会務記録として、将来の公開に備えて欲しい。
  以上、敗者の弁としては、饒舌に過ぎた。
 ·  次期の運営委員各位、ことには菅野新事務局長におかれては、文字通り命がけの健闘を期待する。