味方が行うことは「改革」と賞賛、同じ事を対立者が試みただけで「乗っ取りだ」と怒って提訴:すなわち「共生」理念の終焉

今月9月29日の、総会前の任意団体日本臨床心理学会のオープニングのシンポジウムは、これに続く総会で審議される議案に根拠を与えるものとして企図されたことが明白だ。

日本臨床心理学会の発足当時からの会員佐藤和喜雄は、大会シンポジウムの予稿(公式サイトに公示)で、1971年にこの学会が、大きく改革された(つまり、現在の路線へと導いた「のっとり」が行われた)ことを、得々と語っている。

しかし、当時の改革委員会の中心となり、その後20年にわたり主導的立場を貫いた篠原陸治ら和光大学グループが、現在の運営執行部を率いるSLAPP原告らによって執行権を「のっとられ」て退会し、日本社会臨床学会を設立した事実は、うやむやにされている。

なぜならこの出来事は、佐藤ら現学会執行部体制派にとって、まさに不都合な真実だからだ。

なぜ、真実を隠蔽するのか?

なぜなら佐藤がここで称揚する本学会の理念は、1991年の現運営執行役員らの横浜総会クーデターによって、事実上終焉を迎えていたからなのだ。

そして、元々の理念は、1971年来の指導者篠原陸治らが創設した日本社会臨床学会に、受け継がれた。

ならば、現存の日本臨床心理学会の実態は、なんなのだ?

それは、繰り返しわたくしたちは説明してきた。
すなわち、日本精神科病院協会(さめの群れ)の御用組合に「のっとられ」た、精神保健福祉利権こばんざめ集団である。

2015年9月4日の総会で、21期運営委員派とは異なる立場の人々(つまり精神医療被害者自身と家族、その支援者の専門職)が過半数を大きく超えて出席していたことを、SLAPP原告は「のっとり」だと見做す。
その人々は静かに我慢強く座っていた。にもかかわらず、佐藤は、その人々を「攻撃」的な「一部集団」と意味付け文字化する。かれらは、精神医療被害連絡会会長で本学会会員の中川聡に、次期運営委員の一票を投じるためにそこに集まっていただけなのである。
その場で、實川幹朗議長の議事を、ヤジと妨害を続けた者が全て、21期役員とそのお仲間であったことを、佐藤は目前で如実に見聞している。

これらの事実を全て隠蔽して、歪曲した逐語録を機関誌に掲載するという用意周到を、21期の藤本豊らが策謀を尽くした。当時運営委員でもなく、守秘義務を負う事務管理業務を委任されたわけでもない一般会員の山本勝美が、32名もの入会届を手元に保管し、入会を受け付けたと称した。こうして、かき集めた議決権数を以て、21期主催の「臨時総会」にて、議長實川および選挙管理委員わたくし戸田を、永久除名とした。それらの下準備を経て、22期を引き継いだ亀口公一らは、わたくしたち精神医療被害者の支援者の代表5名を相手取って、1000万円の損害賠償訴訟を起こしたのである。

つまり、同じことを味方がすれば、英雄的で素晴しい「改革」であるが、自分らの誇りと利権をおびやかす(と自らを投影した)相手が同じことを試みたら、たとえそれが未遂であっても、「乗っ取りだ」危機だ、と意味付けて、提訴したのだ。

既に危機に瀕していた「共生」理念はついに、こうして目に見える形で踏みにじられた。

このような、中学生でも見抜ける、言葉の誤摩化しでだまされるような会衆、あるいは新たな会員を期待するのならば、この学会は単に、個々の役員が司る組織の利権拡充と各々の名望を上げる活動のための、単なる金づるとして、リテラシーを奪われた人々をかき集めていることになる。

これは、事実上、支援=支配する側・される側の「差別」を明確に体現している。

すなわち、支援=支配する執行部側だけが、ものごとを分っており、支援=支配される側は、それに何も言わず(言えず)に、命ぜられる通りに議決権を行使し、命ぜられるままに会費を上納するのだ。

これは明らかに、民主集中制である。

民主集中制の中核にある、絶対的な差別意識を、佐藤が、自らの論述の構造において、言外に体現していることになる。

佐藤和喜雄は金光教の信仰者であり、誠実で人望があった。
この事実に、気づけない人物ではあり得ない。
深く内省を促したい。

平成29年(2017年)9月12日

元20期運営委員会事務局長 戸田游晏

カテゴリー: 1) 出来事 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です