年頭に当たって

年頭に当たって

代表理事 實川 幹朗

新しい年となりました。年の初めに当たり、ひと言、会員および志を共にする皆様にご挨拶を申し上げます。

この一年有余の間、私たちは「日本臨床心理学会役員」を僭称する人々からいわれなき誹謗中傷を受け、あまつさえ「スラップ訴訟の被告」の立場を強いられながらも、「日本臨床心理学会」の有るべき本来の立場から、果たすべき役割に曇りなき確信を抱きつつ、これを担うための真剣な努力を積み重ねてまいりました。

一昨年の九月四日、京都大学構内での「第51回 日本臨床心理学会総会」は、歴史的な成果を上げる総会となるべきものでした。長く固定した古参役員による恣意的な運営と引き回し、学会運営の目に余る私物化と、それによる本学会の社会的歴史的使命に反する活動方針に、断固として反対する会員が結集しました。すなわち、「人間尊重の理念に基づいて現状の矛盾を見極め、自らがいかにあるべきかを志向」するはずの学会が、臨床心理学とその関連分野の先人たちの、尊い努力と現実との格闘の積み重ねで獲得してきた「真の臨床心理学」への努力の成果を掃き捨て、権威と特権にあぐらをかきつつ、弱い立場の人びとを踏みつけて利権をむさぼろうとする動き − これを封じ込める総会が、幕を開けていたのです。

権威・特権・利権への動きの旗印は、「公認心理師」制度創設への同意と推進に他なりません。政府・厚労省の打ち出した、国民の心を医療で管理する路線に、学会の方針を全面的に寄り添わせようとする古顔役員の企てを前に、わたしたちは総会当日、圧倒的な多数を形成できました。権威・特権・利権重視の動きを阻む手だてを得たのです。しかし、不利を悟った古顔一派による総会の遅延・妨害活動は激烈を極め、時間切れに至った結果、後日への継続を合意するのがやっとでした。古顔役員たちは、根拠もなく居座りを宣言し、学会財政を不正に占有し続けています。嫌がらせのための訴訟さえ起こしてきたのですから、憎むべきというより、むしろ呆れ果てる混乱となっています。

私たちと彼ら古顔一派との対立は、けっして個人的な感情や利害得失によるものではありません。それは、「日本臨床心理学会」という由緒ある流れの有るべき様、基本的な活動方針に関わるもので、臨床心理学そのものの魂を巡る軋轢なのです。

古顔一派の推進する「公認心理師」とは、国家資格としての心理師資格を創設するものですが、その狙いは、これまで心ある臨床心理士の果たしてきた、臨床心理学のもっとも大切な役割と魂とを否定することにあるのです。当事者の人生に寄り添い、苦しみを分かち合い、世界を共にしつつ横並らび歩んでこそ、臨床心理学の持ち前は生きるのです。「公認心理師」法の創設は、心理職の活動をすべて「医師の指示」の下に繰り入れる力となります。しかもこの力は、「精神障害」の当事者のみならず、全国民にまで及ぶのです。

最近流行の「発達障害」が、明らかな例となります。人間の姿の「標準」を恣に狭く定め、外れれば「発達」の足りない「障害」と見做す。つまり「半人前扱い」するのです。しかも医療モデルに基づくので、「治療」の対象となります。あるがままに受け入れて理解に努めるのでなく、その代わり精神医療に委ねるのですから、投薬や指導による矯正の対象との扱いです。言い換えれば、多数ないし強者の都合に合わせて、弱い立場の少数者を従える企てを、苦しみを取り除くはずの「治療」の名の許に行なえる仕組みを作り上げるのです。

私たちは「臨床心理学」が、医師と医学の支配下に入るべきものとは考えていません。「臨床心理学」の知識と技術は、苦しむ者、悲しむ者、弱い者のためにあり、その人々の真に必要とすることがらの前には、医師も、心理師も、カウンセラーも、そのほか携わるすべての人々も、すべて対等な立場で互いに力を合わせねばならないと考えます。

私たちはいま、古顔役員一派の「スラップ訴訟」を迎え撃つため、新たに彼らを対象とする裁判も起こし、大阪地方裁判所で闘っています。古顔一派の起こした民事訴訟がいかにでたらめかは、彼らの求める「一千万円の損害賠償」の要求ひとつをとってみても明らかです − 算定の根拠を一切示さず(示せないのに)、「お金をよこせ」とすごむだけなのです。こんな裁判をするために彼らは、会員の貴重な年会費からなる学会財産を浪費し続けています。人の道に悖る彼らの様がありありと見て取れます。「犯罪的」との言葉をもしどこかで使うなら、彼らを擱いてふさわしい相手に出会えるのは稀でしょう。

私たちは彼らに、不当に占有する学会財産の引き渡しと、「日本臨床心理学会」名称の使用禁止を求めています。裁判の帰趨は、今年中に明らかとなるでしょう。私たちは果たすべき仕事 -「当事者と共にある真の臨床心理学」の建設と発展のため、差し当たり「公認心理師」反対に全力を尽くします。けっして奢らず、卑下もせず、己れの進むべき大道を一歩ずつ歩みたいと考えています。

丁酉の干支には「火克金」、火が金を溶かす含みがあります。この干支の年には、かつて明暦の大火、大塩平八郎の乱などが起こりました。騒乱含みですが、足尾銅山の鉱毒被害者が抗議の請願「大挙押出し」を行なった明治三〇年の干支でもありました。義のために立つ年でもあるのです。安永六年には三原山が大噴火しました。私たちもしっかり羽を広げ、翼を並らべ、不義を許さぬ気構えの炎を燃やし、力強く羽ばたこうではありませんか。

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